浴衣と麦わら帽子

京都を跋扈する阿呆大学生の備忘録

(500)日のサマー

(500)日のサマーを見た。恋愛の下手な男の子とつよい女の子のお話。ネタバレ含みます。

 

 

男の子の、最初期に空回りする感じがとても共感できた。彼は週末の様子を聞いて「最高」と答えられたり、好きな音楽を流しても反応されなかったことで勝手に想像を爆発させ、彼女が自分に気がないと思い込んでしまう。それはなぜか? 彼女の本心が分からないからだ。彼女のことをほとんど知らないが、ほとんど知らないから自分の想像力でそこを埋めてしまうのだ。

ベッドシーンで「誰にも打ち明けたことのない本心」を聞かされたことにより二人がすれ違いだす。それは女にとっては親密さの表れだったが、男にとっては恋愛につながる愛情の告白だった。だから彼女にとって男の子は親密な他人だったが、男にとって彼女は恋人になってしまった。このずれが悲劇を生む。

最後、彼女はほかの男と結婚する。彼女は男のあずかり知らぬところで運命の出会いを果たしたのだった。男は失恋したことを痛感し、転職までして自分を切り替えて次の出会いに身を投じた。

男のハイライトは、コピーライター会社でキャッチコピーに対して爆発するシーンである。自分の気持ちを言い表せないストレスが、パッケージングされた言葉で気持ちを伝えることに対して爆発した。

女のハイライトは、最後のベンチでなぜ主人公の男と結婚しなかったのか答えるシーンだ。冒頭から彼女は誰とも真剣なお付き合いをしないと言っていたし、男との距離感も一定に保ったままだった。しかし他の男と結婚する運びになり、主人公に矛盾してないかと糾される。それに対して、「彼に出会って考えが変わったのだ」と彼女は答えた。それが彼女の生きざまなのであり、幸せな生き方だったのだ。

私は彼女の恋愛観がおかしくはないと思う。だからこそ、主人公の男が舐めた辛酸を可哀そうに思うし、恋愛が見せるとても冷たい側面に震えたりするのだ。